主がお生まれになった感謝を込めて

ブドウBK

私は昨年2019年5月に御言葉を読み始め、信仰生活を始めました。

とにかく人間と神様の考えが違うことを知り、私達人間がいかに世の中の悪に洗脳されてきたかに気付かされました。

そのことで自分の考えが根底から覆されましたが、これ程までにない、人生最大の『好転』を得られた年となりました。

今まで求めていた『真の生き方』にやっとたどり着くことができたのです

悪人達が洗脳してきた嘘の1つとして、クリスマスはイエス様の誕生日ではなく悪魔ミトラの誕生日であり、イエス様の誕生日だと装って国民達に悪魔を拝ませていたことを知りました。

またそんな日に浮かれたり騒いだりするのは神様の心情を傷つけてしまうことを知り、今まで気付かずに神様に申し訳ないことをしてしまったと、神様の心情を知った時は私自身もショックでした。

なので昨年のクリスマスは友人とも家族でもパーティーはしないつもりでした

ですが

信仰歴が浅い私は過去の御言葉を順に読んでいて、ちょうど2017.12.25の朝会の御言葉を聞いた時、RAPTさんが「神様を思ってお祝いしなさい」と仰られたのを聞き

『神様は何て慈悲深いお方なのだろう』と、本当に感動しました。

そして、最後のRAPTさんのお祈りの言葉で、『イエス様がお生まれになったから私たちが救われました』と聞いたとき、『本当にそうだ』と、また更に感動しました

2017年12月25日(月)
今年は一人ひとりに祈りの力を与えたから、来年はその祈りの力を使って完全な者になれるように強力に求めなさい。

 

ですので、12月25日はどこまでも神様を思って過ごしたい。イエス様の本当のお誕生日ではないけれど、イエス様がお生まれになって私たちが救われた事は事実なので、神様のお誕生日をお祝いしたい、と思いました。

私は毎年クリスマスにはケーキをできるだけ手作りしているのですが、

そうだ、今年はイエス様へのお誕生日ケーキを作ろう!!と思い付きました。

どんなケーキが良いか、神様に明け方の祈りでお尋ねしました。

 

祈り求めて数日後、ショッピングセンターのケーキ屋の前を通りかかった時、ふと、『ブドウ』が乗ったケーキを見かけました。

「ブドウかぁ・・・」

「ブドウ!」

そう、ブドウと言えば聖書でも沢山出てきますが、私は

『私はブドウの木。あなたたちは私の枝だ。私につながっていない人は多くの実を結べない』

との御言葉を思い出しました。信仰を持ってすぐにこの御言葉を知り、私もブドウのように神様といつまでも繋がっていたいと思えた、私にとってお気に入りの句でした。

そうだ、ブドウのケーキにしよう!と決めました。

次は「どんなデザインにしよう」

ちょうどその時期、12月中旬~後半は、年末の裁きが激しく、ブログ作りに取りかかっていた私は何度も限界を感じては立ち直りの繰り返しで、自分との戦い、サタンとの戦いの日々でした。

ですがそれを乗り越えられたのは紛れもなく御言葉のおかげでした。

2018.2月の朝会の御言葉です

RAPT | RAPT朝の祈り会(2018年2月分)

その時の御言葉で、『お祈りは神様の清さを与えていただける』との言葉が、今まで何度か聞いたことのある御言葉でしたが、その時の私にとても深く入りました。

なので「神様の清さを表すケーキにしたい」と思い、紫のブドウではなく、マスカットにすることにしました。

そして作る前日、材料を買いにスーパーへ

ブドウを選ぶ時、

フィルムがかかってる、一見高級そうなのを手にとり、粒も多いし、これにしようか。とカゴに入れました。

ですがその後、フィルムはかかっていないし、粒も少し少なかったのですが、前者のより鮮やかに、輝いて見えるブドウを見つけました。

それを見て私は、ハッと気付きました。

今まさにRAPTさんについて行く義人のようだ。と

そうだ、いくら人数が多くても、一人一人が適当に信仰をしていてはダメだと。人数が多いに越したことはありませんが、例え人数は少なくても、本当の意味で霊肉共に真の実力をつけ、私も神様の栄光を表す人間にならなければと。

そんな有り難い悟りを得ながら、後者のブドウを買って、作ったのでした。

 

ブドウBK

とても美味しくできましたが、まだまだ改善する所が沢山あると思いました。これもまた今の、信仰が幼い未熟な私のようですが、改善すべきところと向き合えれば、成長することができるのだと、この12月の裁きの時期に私は痛いほど悟りました。

 

また、裁きといえど、その時は大変ですが、それを通して怒濤のように改善すべき点やこれから挑戦したいことが見つかり、その度に悟らせていただき、それはまさに神様からの愛そのものだと思いました。

 

また、年を追うごとに、クリスマスに何も知らずサタンを祝う人が減り、神様のことを思って過ごす人が増えればいいなと思いました。

そして私自身も年を追うごとに次元を上げて、一層神様に近づき恩返しできる人間になりたいと思うのでした。

 

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