アイヌについて調べていくと驚くほど『アイヌ』 『沖縄基地問題』 『在日』『LGBT』など、一見少数派の差別されて可哀そうな人達・被害にあってきたと主張する人たちがすべて裏でつながって、『利権』を貪ってきたことがことが分かりました。
そしてすべて創価学会に繋がります。
『アイヌ』というと、北海道の先住民で、肩身の狭い思いをしてきた 少数派の民族なのだろうな。というのが世間一般の人達の「なんとなく」持っている常識ではでしょうか。
少なくとも私はそうでした。
結論から言いますと、
アイヌ問題は自然に起きたものではありません。
イルミナティの長年の計画を成就させることと、
『アイヌ』を使って北海道に中国人(ユダヤ人・李家)を移住させるのが一番の目的だと思われます。
そのためアイヌ民族が差別された可哀想な民族だと思わせて 彼らに利権や補助金を与えて日本人よりも楽に安く生活させようとしているのです。
実際、日本の政治家が中国人に支配されていることが分かっています。
何でそう言えるのか。一つ一つ見ていきましょう。
アイヌシリーズ①
- 『アイヌ』と『創価学会』と『満州』。アイヌ問題を作り出した【チュチェ思想】と【創価】の共通点
- アイヌ問題を作り出した『チュチェ思想研究会』
- チュチェ思想 と 金一族 は 創価学会 と 池田大作 と同じ
- アイヌは先住民族かという議論 と 本当の歴史
- アイヌ民族は満州に繋がる
- 「アイヌ」=「蝦夷」=「出雲族」=「満州」
1. アイヌ問題を作り出した『チュチェ思想研究会』
2019年4月19日、アイヌ民族を法律で初めて「先住民族」と明記した、いわゆるアイヌ新法が
参議院本会議で可決成立しました。
この アイヌ新法を非常に問題視している人達がいます。
何について批判されているのか、見ていきましょう。
まず、「アイヌ新法制定」を計画したのは日本の『チュチェ思想研究会』という団体です。
チュチェ思想研究 | チュチェ思想 | チュチェ思想国際研究所
『 チュチェ思想 』とは、なんと
北朝鮮の金一族(金日成~金正恩)を崇め、金一族の独裁政治を維持する
という思想なのだそうです。
以下こちらから抜粋
さて、昨日見たおおきなわ#91 R1/10/18
篠原常一郎さんが、チュチェ思想とアイヌの関係を暴露!
内閣府のアイヌ政策推進会議10名中の1名は、北海道アイヌ協会副理事長。
その人は、チュチェ思想研究会が出している雑誌「自主の道」の代表世話人。
さらに、金正恩著作研究会の発足メンバー・・・
1985年、日本のチュチェ思想研究会では、「アイヌ新法制定」を計画。
同じころ尾上健一氏が出版した本「自主への道」
「アイヌを民族として開放することが、日本の自主化(チュチェ思想化)につながる」と力説!
その目次を見てビックリ!・・・アイヌだけでなく、沖縄もすでに計画に入っている!
30年前に計画されたことが、今現実に実行されているのです。
もうこの時点で問題ですね(笑)
『チュチェ思想研究会』が1980年代からアイヌ新法問題を打ち出し、
彼らが発行している『自主の道』という月刊誌では1985年8月はアイヌ新法特集になっているようです。更に同じ号で「沖縄問題」にも触れているのですが、これについては別に記事にしていきたいと思います。
『チュチェ』とは朝鮮語で『主体』という意味を表します。
チュチェ思想とは
『金正日』が創造した「人間中心」の革命であり、金一族が主人公であり、それ以外の思想は許さないという思想なのだそうです。
恐ろしいですね。
金正日・ 金正日父子と家族の神聖化をはかるため、1970年代以降「党と国家の唯一思想体系される」と北朝鮮憲法にも書かれるようです。
2.チュチェ思想 と 金一族 は 創価学会 と 池田大作 と同じ
北朝鮮の金一族を崇める思想と聞いて、まず思い付いたのが創価学会の池田大作です。
コロナパンデミックの首謀者が創価学会だと暴かれました。
それに伴って、この世の中のすべての悪の根源が『創価学会』だと分かってきました。
創価学会では、『総体革命』といって、まさに池田大作を崇めさせ
池田大作の命令なら犯罪もいとわないという考えを教えられるそうです。
だから自分たちの利益を害する相手に平気で集団ストーカーを送り出したり、幼児売春、未解決事件もほとんどが創価学会に関わる犯罪だといわれています。しかし、マスコミもGoogleなどの検索エンジンも創価の傘下にあるので、今まで隠されてきました。
更に言うと、北朝鮮の金一族と池田大作はかなり近い血縁なのです。
RAPT | 北朝鮮のトップ「金正恩」は日本の天皇家の血筋です。
この系図には池田大作は載っていませんが、これだけ池田大作がイルミナティの中で重要視されているにもかかわらず系図に入っていないことや
創価のGoogleがこの系図を放置しているということは、逆に池田大作はこの系図の中に入る人物に違いありません。
実際にアイヌや沖縄の基地問題について調べていくと、創価に繋がっていきます。
その前にアイヌとはどのような民族なのか、見ていきましょう。
アイヌに繋がるまで少し長くなりますが、彼らが何をしたいのかが分かるはずです。
3.アイヌは先住民族かという議論 と 本当の歴史
アイヌ問題を進めている人達は、アイヌ民族が北海道の『先住民族』で、後から来た和人に追い出されたとか、虐殺されたなんて主張する人もいます。
一方でアイヌを批判している人は、アイヌは 『先住民族』ではないと主張しているわけです。
実際に、一般的に授業で習う歴史年表を見ると
アイヌ文化は1300年頃から急に出てきますね。これだけ見ると先住民ではないといえますね。
しかし、そもそも学校で習う歴史自体がかなり捏造されています。
ここから歴史の話を少し詳しくしていきたいと思います。
「アイヌ」=「蝦夷」=「出雲族」=「満州」
大和朝廷が建てられる前の紀元前3世紀頃、メソポタミアから渡ってきた悪魔崇拝者達が日本にやってきました。彼らは一枚岩ではなく、先に日本に住み着いていた縄文人を駆逐し、日本に住み着きました。
彼らは
「天照大神」を神様とする 「大和族」と、 「スサノオ」を神様とする「出雲族」 という勢力に分かれ、激しく戦い合っていました。
(※注: 「天照大神」も 「スサノオ」 も神様ではなく、悪魔です)
その戦いの末、「大和族」が勝利して「出雲族」を駆逐し、「大和朝廷」を開きました。
負けた方の「出雲族」が東北や北海道に追いやられて「蝦夷」となったというわけです。
「蝦夷」 と「アイヌ」が同一視されると蝦夷 – Wikipediaにも書かれているくらいで、 「アイヌ」 は 「出雲族」 側の者達ということです。
沖縄基地問題を起こしている人達も「出雲族」です。
しかしすべての「出雲族」が駆逐されたわけではなく
彼らの一部は「大和朝廷」と血縁関係を結び、皇室の中にしっかりと入り込みました。
つまり、同じ天皇家の中に「大和族」と「出雲族」の両方が混じっているわけです。つまり、「天照大神」を神とする人たちと「スサノオ」を神とする人たちが混在しているわけですね。
イスラエルから渡ってきて日本を支配してきた者達は悪魔崇拝者です。しかし駆逐されたとされる縄文人も悪魔崇拝者でした。縄文人が悪魔崇拝者であった証拠はこちらをご覧下さい
空海も最澄も日蓮聖人も出口王仁三郎も深見東州も池田大作も同じ悪魔「サナト・クマーラ」を崇める妙見信仰者でした。
「天皇派」の中で代々続いた内輪争いは「出雲族」と「大和族」の争いだった可能性大。「サナト・クマーラ」は「出雲族」の神様なのか。
日本の縄文時代も、実は多くの人々が「悪魔崇拝」にふけっていたことが分かっています
○マヤ・アステカ・インカ文明で行われた残酷な生贄儀式が、すべて日本に起源があるという明確な証拠。
「悪魔崇拝」とは、悪魔を拝み、 幼児を虐待して淫乱なことをしたり、人を生け贄にしてその肉を食べたりすることです。
アイヌの話からは少しズレますが、もう一つ同じイスラエルから渡ってきて、中国では秦の始皇帝になった末裔達が「秦氏」として日本にきて、当時の「大和族」側に与しました。
その「秦氏」VS「出雲族」の戦いが、有史以来、現在でもずっと行われていることが分かりました。
歴史の授業で「平氏」VS「源氏」の戦いがあったと習いましたね。
その戦いは今でも終わっておらず、 ずっと続いているのです。
時代の転換も、【秦氏=平氏】と【 源氏=出雲族 】のどちらがトップにつくかが変わっことで起きたことだったのです。
RAPT×読者対談〈第108弾〉世界はアーリア人(秦氏)とチュルク族(月派・出雲)の抗争の上に成り立っている。
あらゆる事件や戦争、自然災害も、このコロナパンデミックも彼らの土地や企業の奪い合いでした。
アイヌを批判する人は、アイヌや沖縄問題を進めている人を「左翼」だと批判する人がいますが、「出雲族」も天皇の血筋なのですね。平氏も源氏も天皇の血筋なのと同じです。
ですが「天照大神」こそがこの日本の神様ということになってしまったので、「秦氏」は天皇を崇めさせたい一方で「出雲族」は天皇をあまり立てたくないということなのですね。
出雲族と秦氏については簡単に表すとこんな感じです。
4.アイヌ民族は満州に繋がる
「蝦夷」は「粛慎」とも呼ばれていて、「粛慎」はもともと「満州」に住んでいたツングース系の狩猟民族だったようです。
RAPT×読者対談〈第105弾〉関ヶ原の戦いより千年前に起きた天下分け目の戦いの真相。またはカタカムナと安倍晋三の深いつながり。 から以下転載します。
---------------------(以下、こちらから転載)
粛慎(しゅくしん、みしはせ、あしはせ、拼音:Sùshèn)とは、満州(中国東北地方及びロシア・沿海地方)に住んでいたとされるツングース系狩猟民族。
また、後にこの民族が住んでいた地域の名称ともなった。
この粛慎という呼び名は周代・春秋戦国時代の華北を中心とする東アジア都市文化圏の人々(後に漢民族として統合されていく前身となった人々)が粛慎人の自称を音訳した呼び名である。
息慎(そくしん、Xīshèn),稷慎(しょくしん、Jìshèn)とも表記される。
中国の周代の文献の中にしばしば見られるほか、日本の『日本書紀』の中にも粛慎の記述が見られる。ただ、中国文献中の粛慎と日本文献中の粛慎の存在した時期にかなりの開きがあり関係性は不明。
後代の挹婁,勿吉,靺鞨,女真(満州族)と同系の民族と考えられている。
---------------------(転載ここまで)
で、この「粛慎」のことを「蝦夷」と同じ氏族であると考えている人がいる、とウィキペディアには書かれてあります。
---------------------(以下、こちらから転載)
日本で最初の正史の『日本書紀』にも粛慎のことが記されている。
ただ、日本書紀に出てくる粛慎は、中国の古典に出てくる粛慎と数百年の開きがあり同一のものであるとする確証はない。
日本書紀に粛慎が出てくる箇所は大きく分けて、以下のように3ヶ所ある。
1.欽明天皇の時に佐渡島へ粛慎が来たこと
2.斉明天皇の時の阿倍比羅夫の粛慎討伐
3.天武天皇・持統天皇の時の粛慎の来訪と官位を与えたこと
日本書紀に出てくる粛慎についてどのような集団かという説はさまざまあるが、おおむね以下のようにまとめられよう。
蝦夷(えみし)と同じ。粛慎と呼ぶのは中国の古典にも出てくる由緒ある名前であるからとする。
蝦夷とも中国の文献に出てくる粛慎とも違う民族。(ニヴフ、アレウトなど、もしくは現存しない民族)
中国の文献に出てくる粛慎と同じ民族であるツングース系の民族。
また北海道のオホーツク海沿岸や樺太などに遺跡が見られるオホーツク文化(3世紀~13世紀)と関連すると考える人もいる。
粛慎の訓は「みしはせ」とする説と「あしはせ」とする説とがあり、未だに定まっていない。
見の字を略したミの音を表す変体仮名が、片仮名のアと字形が似ているため、このような混乱が生じている。
---------------------(転載ここまで)
「アイヌ」=「蝦夷」=「満州」=「出雲族」と繋がります。
このアイヌ問題も、「満州」人脈が大いに関わっています。
次回の記事はこちらです。
「満州」人脈が何をしようとしているのか。北海道とどう関わってくるのかを書きました。
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